<ピッツォリーノ式 絵付け技法>                   

1. 絵付けとは
グリザイユ、エマイユなどのステンドグラス用の絵の具を用いて、ガラスを通して入る光を調節したり、明暗を付けたり、立体を表現してステンドグラスにより表情を出すために行われる。ステンドは焼付ける、よごすという意味があり、本来の意味のステンドグラスとは絵付けをして焼付けたものである。

  (1)絵の具の種類@グリザイユ

鉄、または銅の金属酸化物をベースにガラスの粉を混ぜた絵の具で、いろいろな色がある。茶、黒系のグリザイユは線描きや明暗を付けたり、立体を表現するために用いられる。

Aエマイユ

いろいろな鉱物にガラス質の釉を混ぜたエナメル質の絵の具。主に彩色のために用いられる。

Bシルバーステイン

硝酸銀でできた絵付け顔料。イエロー、アンバー、オレンジなどがある。

※フュージング用のパウダーなども、彩色に使用できる。

  (2)グリザイユの使い分け

ステンドグラス制作に際してまず考えるべきことは、設置する場所の方向、高さであり、その建物の壁や内装などとのバランスも考えに入れると良い。南向きなら暖色系、北向きなら寒色系のガラスを使うのが一般的である。グリザイユの使い分けとしては、暖色系のガラスには赤茶っぽいグリザイユ、寒色系のガラスには黒っぽいグリザイユを使用するのが普通である。しかし、太陽光線が非常に強く赤茶系のグリザイユでは色が飛んでしまうような場所に設置する場合(例えば教会や大きな建物の吹き抜け部分などの非常に高い所で、コントラストを強くしたほうが効果的な場合)には、黒っぽいグリザイユを使用する。反対にデリケートな表現を求められる場合や古典物の復元などには、赤系と黒系を3:1の割合で混ぜて使うと良い。

  (3)絵付けに使用するガラスについて

基本的にはアンティークガラスが最適とされているが、キャセドラルガラスやオパールセントガラスにも絵付けできる。ただしガラスによっては窯に入れて焼成することで変色することがある。それはすべての種類のガラスにあり得るので、注意が必要である。オパールセントガラスは焼成によって、不透明度が増す。

  (4)焼成について

 ステンドグラスは普通電気炉で焼成する。窯にはいろいろな大きさのものがあるが、大きい窯は焼成に時間がかかる。一般的には合計4回ぐらい焼成する。焼成回数が増えるとガラスがもろくなる。また、グリザイユがタール状になり変色するので、何度も繰り返し窯に入れるのは望ましくない。

・グリザイユで線描き⇒1回目の焼成

・ワインビンガー溶きのグリザイユでシェーディング(影付け)⇒2回目の焼成

・水溶きのグリザイユでシェーディング⇒3回目の焼成

・エマイユ、シルバーステインで彩色⇒4回目の焼成

2.  絵付けの手順と技法

(1)ガラスを拭く。

ワインビネガーでガラスを拭く。ガラスの表面の汚れが取れるまで丁寧に拭き取る。汚れが残っていると、グリザイユをはじいたり、ガラスに焼付かなかったりする。

(2)グリザイユを練る(線描き用)

グリザイユにワインビネガーとアラビアゴム少量を加え、ガラスのパレットの上で混ぜ合わせる。線描きと1回目のシェーディングにはワインビネガーで溶いたグリザイユを使う。ワインビネガーはガラスに絵の具の定着を良くするために使う。チョコレート状になるまで15〜20分かけてパレットナイフでよく練る。混ぜ方が悪いと線描きの時に延びが悪い。また、なめらかなきめ細かいシェーディングができない。目が粗くぶつぶつに塗れて、焼きあがった時グリザイユが引きつったり、ブチブチになったりする。

アラビアゴムの分量にも注意が必要である。グリザイユの分量にもよるが、ほんの少量でよい。アラビアゴムも粘着性を増し、ガラスへの定着を良くするために入れるが、入れすぎると筆が走らず、長い線が描けなかったり、グリザイユが乾いた時点でひび割れを起こしたりする。またシェーディングの際、グリザイユがガラスに定着しすぎて、筆でなかなか落とせなくなる。

※グリザイユはその日に使う分を溶き、使い切るのが良い。1度にたくさん溶いて残しておき、乾いてしまったグリザイユに何度もワインビネガーを入れて溶いたものは酢が強くなりすぎて絵の具の延びが悪くなる。また、気泡が入ったり埃や塵が混入してたりしてグリザイユがざらついて好ましくない。もし残ってしまった場合は、密閉容器に入れて保存する。

(3)線描き

実物大の下絵の上に置いたガラスピースに、筆で下絵の通りに線描きする。線が太すぎたり強すぎたりした時は、割り箸の先を削ったものや、針などで線を修正する。

⇒1回目の焼成

(4)蝋付け

厚さ5mmぐらいのフロートガラスきれいに拭いておくを。その上に線描きが焼付いたガラスピースを下絵の通りに並べる。溶かした蜜蝋でフロートガラスにガラスピースを貼り付ける。フロートガラスは粉状のクレンザーと水少量をたらし、新聞紙でよく拭く。汚れていると蜜蝋が付かない。ガラスピースの隙間に流し込むため、蜜蝋の温度は高温にしておく。できるだけガラスの表面に蜜蝋が乗らないように注意する。表面に付着してしまった蜜蝋はカミソリなどできれいに剥がし取る。

(5)1度目のシェーディング

ガラスピースを貼り付けたフロートガラスをライトボックスに立て掛ける。アラビアゴム少量を入れ、ワインビネガーで溶いたグリザイユを平筆でガラスに塗り、バジャーブラシ(狸毛の刷毛)で均一に延ばしてから、毛先を使って全体を軽くたたきグリザイユを定着させる。シェーディングには様々な太さの硬い豚毛の筆、先を削った割り箸、針(棒の先に針を固定した物)などを使い、はっきりとした明暗を作り、立体感を出すようにグリザイユを落とす。グリザイユは焼成によって、焼き付ける前より少し薄くなるので、その点を考慮して落としてゆく。アンティーク風のシェーディングにしたい場合は、指の腹でこすったり、カミソリで削いで落としたりすると古い感じが出る。

⇒2回目の焼成

※1度目のシェーディングでグリザイユを落し過ぎても、その部分に加筆することはしない。落とし過ぎた箇所は焼成後に2度目のシェーディングで調子を整える。

(6)2度目のシェーディング

きれいに拭いたフロートガラスに再びガラスピースを蝋付けし、ライトボックスに立て掛ける。2度目のシェーディングにはアラビアゴムをほんの1滴加えて水で溶いたグリザイユを使う。水溶きのグリザイユはワインビネガーで溶いたものに比べて定着が弱い。2度目のシェーディングは柔らかい筆でハーフトーンを作り、微妙な調子を表現して絵により奥行きと深みを出すために行う。

⇒3回目の焼成

(7)エマイユで彩色

ほんの少量のアラビアゴムを加えガラスパレット上で水溶きしたエマイユで彩色する。アラビアゴムの量が多いと乾いた時に引きつってめくれてくるので、注意が必要である。エマイユは焼成前と焼成後の色が全く違うものがあるので、必ず焼き見本を見てから塗る。黄色や黄緑などの黄身がかった色は、グリザイユを侵食しやすいので、注意する。

(8)シルバーステインを塗る

エマイユはグリザイユでシェーディングした側()に塗っても裏側に塗っても良いが、シルバーステインは酸性が強く他の絵の具を侵食してしまうので、同じ側に塗ることはできない。したがってシルバーステインを塗る場合には、エマイユはグリザイユでシェーディングした側に塗っておき、ガラスピースを裏返してエマイユを塗った側()と反対側()にシルバーステインを塗る。この時エマイユを塗った上からフィキサチーフをかけて定着させ、エマイユが落ちてしまわないように保護する。シルバーステインを溶くのに使用したパレットナイフは、すぐに水洗いしておかないと酸で錆びてしまう。

⇒4回目の焼成

※フィキサチーフはかけ過ぎると、絵の具に悪影響があるので注意する。

3.  焼成方法

   (1)窯詰め

まず棚板に離型剤を平らに塗り、乾かす。窯の形状によっては、上と下で窯内の熱の循環が全く均一にはならないため温度分布に差が出てくる。また、棚板の中央と端でも多少の差があるので、何度目の焼成か、ガラスの種類、塗ってある絵の具の種類などを考慮し、置く場所を決める。

ガラスピースの裏側に絵の具が付着していないか確認し、もし絵の具が付いていたら拭き取ってから棚板の上に置く。棚板の上にガラスピースを置く時、エマイユを塗ってある側は必ず上に向けて置く。エマイユを塗ってある側を棚板に接して焼成すると、溶けたエマイユが棚板に貼り付きガラスが割れてしまう。グリザイユを塗ってある側はどちらに向けても差し支えないが、普通は上に向けて置く。

焼成前のガラスピースを持つ時はエッジ以外のところに手が触れないようにする。触ると絵の具が剥がれるので細心の注意を払う。棚板の上のガラスピースは互いにくっつかないよう隙間を空けて並べる。くっつくと破損の原因になる。

   (2)焼成

絵の具はそれぞれの顔料によって溶解する温度が違うが、ガラスの粉が含まれていることによって、エマイユは540〜580℃、グリザイユは580℃〜650℃で焼き付くようになっている。焼成温度はメーカーや絵の具の種類によって違うが、焼き付く温度が近い絵の具を選んで使えば、エマイユとグリザイユ、シルバーステインを同時に焼成することができる。

焼成時間は窯によって違うが、急速に温度を上げると場所によって温度差が出たり、破損しやすかったりするので、窯内の熱循環できるだけ均一になるように、ゆっくり温度を上げる。焼成が終わったら徐冷する。温度を下げる時の方が割れやすいので、ゆっくり冷却する。

窯から出したガラスピースは割れ易いので重ねて置かない。 

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